終身雇用制度の是非
かつては、日本的経営として、終身雇用制度が当たり前でした。年功序列も当たり前でした。しかしながら、現状では、いうまでもなく崩れつつあります。というか、もう崩壊しているかも知れません。
仮に崩壊しているとしましょう。崩壊しているこの現状を考えれば、これからの時代はもう成り立たない制度かもしれません。また、元々あまりいい制度ではなかったと指摘する方もいらっしゃいます。完全に終身雇用で年功序列なら、人は努力しなくなり、成長しなくなるというのがその根拠です。
本当にそうでしょうか?
現状では、もう成り立たなくなっているのは事実でしょう。でも、制度として本当によくないのかどうか。。。特に、終身雇用については、可能なのであれば、良いものではないかと思うのです。
年功序列については、それだけが基準で処遇が決まるのはどうかとも思います。やはり、たとえ若くても、仕事で高い成果を挙げたのであれば、それなりの対応があってしかるべきだと思います。
あまり極端な成果主義は、社内での協力関係がなくなったり、おかしな方向に向かうことがあります。でも、だからといって、完全に年功序列というわけにもいかないでしょう。社員の士気を高めるためにも、適正に還元するためにも、人件費の高騰を防ぐためにも、成果などを判断基準の一つとすることも必要です。
それに対して、終身雇用制度はどうでしょうか。
完全な年功序列による処遇ではなく、本人の能力、意欲によって処遇が決まるのであれば、会社側が、原則的として終身雇用を目指すのはお互いによいことではないでしょうか。
会社側がそのように考えていれば、社員の会社に対する帰属意識、思い入れも高くなります。そうすれば、仕事に対する意欲や能力も高まり、結果として仕事での成果も高くなるはずです。
安定した身分にあぐらをかくから一人ひとりが自立した方がいいという意見もあります。だから、全員が個人事業主のようになって、給与ではなく報酬をもらうという形にした方が生産性も高まるという人もいます。
でも、本当にそんなことをしたら、逆に生産性は高まらないのではないかと思います。一人ひとりが独立した存在であるならば、一般の組織よりも、さらに共通の目標が持てているとか、目的意識が同じとか、そういったことの重要性が高まります。
しかしながら、現実問題として、本当に一人ひとりが独立した存在ならば、共通の目標を持つことは、より困難になるはずです。一つの会社に所属していたとしても、共通の目標、目的意識を持つことは簡単ではありません。ましてや、一人ひとりが独立した存在であるならば、組織として共通の何かを作り上げることは困難です。
本当にプロフェッショナルが集まるようになれば、もちろん、いいんでしょうけどね。たとえば、プロ野球の球団のように。
でも、それは、社員に対して求められるものが高くなるのと同時に、会社に対しても厳しい条件が課せられるようになります。それだけのプロフェッショナルを引き止めるための何かを、会社が持ち続けなければならないからです。
もっとも、優秀な社員を引き止めようと思えば、同じようなことがいえるのですが。。。
ただ、社員を厚遇する会社は、社員からの貢献も大きいと思うのです。逆に、社員に冷たくすれば、社員の貢献も期待できません。
そう思えば、原則として終身雇用を目指すことは、会社側にとっても素晴らしいこと。もちろん、社員にとっても、安心して働けて、ありがたいこと。
アメリカだって、優良企業は、実は終身雇用だったりします。少なくとも、それを目指していたりするのです。
企業の力を高めるためにも、強い企業を作るためにも、終身雇用を維持することを、戦略として考えてみてもいいのではないかと思います。
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