スルメとガム
ガムは、最初にかんだときが一番味が濃くて、次第に味が薄くなっていきます。それでもかみ続けていると、味は完全になくなり、単なるゴムをかんでいるようになります。
一方、スルメは、かめばかむほど味が出るといいます。理屈で考えると、一回かめば味が吸い取られると思いますので、かむほどに味が出てくるということはあり得ないように思いますが、それでもそんなことがいわれています。
ふと思ったのは、人のつきあいも似ているなということです。
ある人は、会ったとたんに一目惚れとまでは行かないまでも、最初からいい印象で、良い関係を築けます。でも、つき会い続けているうちに、徐々にいい印象が薄れていきます。誰にでもいい面と悪い面があるので、当たり前のことではありますが、想像以上に悪い面が目立ってきて、徐々にいい印象がなくなります。むしろ、最初の頃とは反対で、悪い印象が目立つようになってきてしまうのです。
一方、最初は、何となくつきあいにくい人だと思っても、徐々に打ち解けて良い関係を築けるようになる人もいます。そのままつき会い続けていると、人間性がよく分かるようになり、その人のいい面が明らかになってきます。最初はパッとしなかった印象だったのに、いつの間にかとてもいい印象を持つようになっています。
いずれの場合も、ある意味では当たり前のことです。
第一印象が高ければ、次第に低くなる可能性が高いものです。なぜなら、人間は誰しも完璧ではなく、徐々によくない面が見えてくるからです。逆に、たとえ第一印象が悪かったとしても、その人にもよい面はあるわけで、次第にそれが見えてくれば、印象はよくなります。
従って、どんな人でも、スルメにもガムにもなる可能性があるわけです。
ただ、いろいろ考えると、カッコつける人、自分をよりよく見せようとする人は、ガムになりやすいのかなと思います。
逆に、自然体でいる人は、スルメです。
また、自信満々の人はガムで、謙虚な人はスルメ。
押しの強い人はガムで、弱腰な人はスルメ。
見栄を張る人はガムで、人の目を気にしない人はスルメ。
化粧バッチリの人はガムで、すっぴんはスルメ。(ん?)
いずれにしても、長いつきあいをしていくのなら、自分のありのままの姿が露呈するということです。いくら、自分をよく見せようと思っても、無駄な努力。時間がたてば、もうごまかせません。
やっぱり、等身大でいくしかない!
できることは、その等身大を大きくする努力。
虚像を築こうとするのは、無駄な努力。いつか、化けの皮がはがれますから。
地道な努力が大切なわけですね。
| 固定リンク
|
「自己変革」カテゴリの記事
- 自己主張と謙虚さ(2010.02.12)
- 業種が違うから。。。(2010.01.28)
- 「曲げられない女」と「まっすぐな男」(2010.01.25)
- メモリの増設(2010.01.17)
- アイデアマンとがんばるマン(2010.01.06)






コメント