教えることと、学ばせること
教えることは、比較的簡単です。
「教える」という行為をどう捉えるかにもよりますが、教えるだけなら簡単です。
それを難しいと感じるのは、相手にきちんと理解させられるかどうかを意識するからです。
いくら教える力のある人が教えても、相手が学ぼうという気がないときは、そのほとんどは無駄な努力に終わります。もっとも、教える力のある人は、相手の学ぼうという気を刺激して、その気にさせながら教えるので、まあ、それなりに理解させることができます。
でも、やはり、人が人に教えることは限界があります。
特に、知識を植え付けるのではなく、ビジネスを展開していく上で、どう考え、どう行動するかを教えることは、ほとんど不可能です。
もちろん、教えるだけなら、いくらでも教えられます。
でも、相手の身になるかといえば、それは疑問です。
極端な例ですが、野球をやったこともないし、これからやろうという気もない人に、バッティングはこうやるんだと教えているようなものです。
この例でいえば、相手に学んでもらうためには、まず、野球に興味を持ってもらわなくてはなりません。そして、イチローみたいになりたいとか、松井秀喜みたいになりたいとか、そこまで行かなくても、彼らは格好いいなぁと思うようになるとか、とにかく自分も上達したいと思わせなくては始まりません。
前にも同じようなことを書きましたが、他人に教えることができるのは、その相手が何かを学ぼうとしているときだけです。
教える人がやるべきことは、学びたいと思う環境をつくることだと思います。
いろいろ経験させて、チャレンジさせて、その中から、どうやったらうまくいくんだろう、どうやったら自分はもっと成長できるんだろう、そのような学びたい、吸収したいという意欲を引き出すことが、教える人の役目だと思います。
そうやって、意欲が出てきたところで、そのヒントを教える。
たぶん、ここでも答えを教えてはいけないのです。
学校式の、重要なポイントを教えるというやり方は、学ぶ側が簡単に分かったような気になるのでよくないと思っています。重要なポイント3つは分かっても、結局、実践には活かせないからです。
ではどうすればよいかといえば、自分で考えさせることです。多少は、ヒントを出してもいいでしょう。こんな本が役に立つとか、こんな考え方があるとか。でも、それは答えじゃなくて、その答えにたどり着くためのサポートをするようなものです。
そう考えると、結局、「教える」ことの出番はあまりありません。
大切なのは、「学ばせる」ことです。
もっとも、教えなきゃいけないこともあります。
それは、また機会を改めて。。。
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