参院選の開票速報を見ながら、伝える力について考える
本日は、参院選。雨の中、投票へ。
夜は、どこの局も特番。
開票速報をやりながら、これまでの動きを紹介しています。
それを見て思ったこと。
「言葉が巧みだからといって、心を動かされる訳じゃない」
本日は、参院選。雨の中、投票へ。
夜は、どこの局も特番。
開票速報をやりながら、これまでの動きを紹介しています。
それを見て思ったこと。
「言葉が巧みだからといって、心を動かされる訳じゃない」
EC Studioという、ホームページ売上アップを行う会社の代表取締役である、山本敏行さんが書いた本。
1月に電話をiPhoneにし、10日ぐらい前にツイッターを始めた私のために書かれたような本。これで私も大もうけ。。。んなわけないか。。。
私がこの本で注目したいのは、ツイッターを活用することによって、社内のコミュニケーションが良くなったという点。
励ましの言葉というのは、とても難しいものです。
もっとも、これから何かに挑戦しようという人に対する励ましは、特に難しいことはありません。何かに挑戦するというほど大げさではなくても、前向きに、積極的に行動していこうという人を励ますのは簡単です。
「がんばれ!!」というようなことをいえばいいのです。
難しいのは、何かに悩んでいたり、落ち込んでいたりする人への励まし。
実は、The West Wing(ホワイトハウス)というアメリカのドラマがあるのですが、それを見ていて思いました。大統領の次席補佐官であるジョシュ・ライマンが大きな失敗をして、一人の民主党員が離党するなど大騒ぎになります。
ジョシュ本人も、失敗したと思っています。もちろん、落ち込んでいます。でも、いつまでも落ち込んでいられないので、前向きにいこうと次の日の朝を迎えます。
すると、周りの人がいろいろと気を遣って、彼に優しく、励ましの言葉をかけるのです。
周りの人は、よかれと思って励ましの言葉をかけています。アシスタントのドナは、言葉では励ましませんが、いつもとは違う行動で、彼を励まそうとします。
当然、本人は気づきます。
もう、相当昔のことなので、自分の話なのか、友達の話なのか、、、あるいは、本当の話なのか、作り話なのか、、、自分が直接耳にした話なのか、人から聞いた話なのか、、、
とにかくよく分かりません。
出所不明の話ですが、学校の先生が家庭訪問か何かで、生徒の親と会っているときのことです。
母親「うちの子は遊んでばかりで、いつもきつく言ってるんですよ」
先生「○○君は、とても元気がいいですからね」
母親「元気ばっかりで困るんで、厳しく叱ってます」
先生「でも、○○君はきちんと宿題もやってきますから、そんなに厳しくされなくても大丈夫ですよ。遊ぶことも大事ですからね」
母親「そうですかねぇ。。。」
そこへ、その子供が!
子供「ほら、だから言ったじゃん、いちいちうるさいんだよ!」
母親「○○!いい加減にしなさい!」
八方美人といえば、いい意味で使われる言葉ではありません。
でも、あえていいますが、私は八方美人です!
ある時は、社長の味方。
またある時は、幹部社員の味方。
またまた、ある時は、現場の味方。
都合のいいように、立場を変えます。
悪い奴ですって?
まあ、そう思われても仕方ありません。でも、私は、きれい事かもしれませんが、みんなでハッピーになりたいのです。ですから、誰かが虐げられていたり、誰かが辛い立場に置かれていたら、そちらの味方をしたくなります。
その場の状況によって、バランスを取るのも私の仕事だと思っています。
ですから、都合のいいように立ち位置を変えます。もっとも、みんなでいい会社にしたいとか、みんなでハッピーになりましょうという点は、いつも同じつもりです。
私は、この世の中に、悪い人はいないと思っています。
よく、耳は2つあって、口は一つなので、2つ聞いて、一つしゃべるとよいということがいわれています。
確かに、よい関係を築こうと思ったら、自分の話ばかりをするのではなく、相手の話を聞くことが大切です。
「だから、俺は、いつも社員の話を聞いてから話すんだ」
そういう社長がいらっしゃいました。
ある日、その社長の会社を訪問しているときのこと。社長と幹部社員が話しているところを見かけました。
私は、社長との打ち合わせで訪問していたので、社長と幹部社員が話している間、すぐ近くで待っていました。2人の話は、嫌でも聞こえます。
「あれ、どうなってる?」と社長。
「あの件は、これこれしかじかで。。。」と幹部社員。
「どうして、○○なんだ?」
「いえ、その件につきましては、これこれしかじかで。。。」
「だから、言っただろう。大体、お前が。。。」
何だか、よく分からないタイトルですが。。。
(じゃあ、変えろともいえますが。。。)
人は、自分の意見を聞いてくれる人、自分のことを受け入れてくれる人、自分のことを理解してくれる人に対して心を開きます。そして、自分もその人のいうことを受け入れようという気になります。
相手が正しいかどうかではありません。
いくら相手が正しいことをいっていたとしても、自分のことを理解していない、受け入れていないと感じたら、相手に対して心を開くことはありません。とりあえず、その場を取り繕って、何となく丸く収めるようにするだけです。
とりあえず、聞いた振り、分かった振りをして、その場を丸く収めるのです。
そこに、本当のコミュニケーションは成立していません。
しかしながら、表面的には何も問題なく、丸く収まっています。順調にいっているように見えます。
それで、安心してしまいます。
でも、あとになって、問題が発覚するのです。
上に立つ人間は、十分気をつけなければいけません。
時々いわれます。
「うちは、何でも話しているから大丈夫だよ」と。
このブログには、思ったことをそのまま書くことにしています。
熟考の末に出した結論を書いているわけでもないので、論理的におかしいときがあるかも知れません。また、感情的で、冷静さを欠いた内容のときがあるかも知れません。
でも、それはそれ。
とりあえず、感じていることを書いています。その方が自然だし、良くも悪くも私らしさが出ると思うからです。取り繕ってみたところで、分かる人には分かるので、自然にいこうと思っています。
ただ、そうすると、よいことと悪いことがあります。
よいことは、話もしてないのに、私の思いをきちんと理解してもらえること。
たとえば、先日、ある方と飲んでいるときにいわれました。
「○○が■□なんじゃない?」
何のことか、ここには書けませんが図星でした。まあ、100%ではありませんが、私の思いをかなり正確に読みとっていらっしゃいました。そして、そのことについてアドバイスも頂戴しました。
あ~、ありがたいなぁ。。。
昔から、推理小説などが好きで、よく読んでいました。シャーロック・ホームズは、すべて読みましたし、アガサ・クリスティは70冊ぐらい読んだと思います。その他にも、いろいろ読みました。
推理小説の犯人は、大抵、一番怪しくない人です。
動機がありありだったり、挙動不審な人は、大体犯人ではありません。そういう人が犯人では、小説としての面白さがありません。推理小説は、読み手と書き手の勝負のようなところがあって、書き手は、きちんと情報を提供し、かつ、意外性のある犯人で読者を驚かせるのが腕の見せ所です。
ですから、いかにも怪しそうな人というのは、決して犯人ではありません。
大抵、とてもいい人で、絶対に悪いことなどしそうもなく、すごく信頼できる人です。
「え?!あの○○さんが?!」
そんな意外性が、推理小説を面白くするのです。
これは、現実の世界でも起こることです。
信頼していたのに裏切られた。。。
私にも経験があります。
私は、人から褒められることが苦手です。
褒められると、何か裏があるんじゃないかと思ってしまうのです。
今、仕事では、「褒めることが大事だ」とぬかしているくせに、笑ってしまうところですが、自分の場合は、褒められるとダメなんです。シャイな性格だということもあるでしょう。また、自分に自信を持てないために、褒められても本心じゃないのではないかと、あらぬ疑いをかけてしまうということもあります。
時には、うまく調子に乗せて、何か企んでるんじゃないかと思うこともあります。
面倒な性格ですよね。。。
我ながらそう思います。。。
かつては、褒められると、「何言ってんだか。。。調子いいこと言って。。。」と受け止めることが多かったと思います。
もっとも、そんな私でも、褒められて本当にうれしかったという経験もあります。こんな私でさえ、とってもうれしく、心に残ることもあるのです。
何が違うのか。。。
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